2019年度通常国会は6月26日で終了し、労働者協同組合法(以下労協法)は会期内に審議できず再び延期となりました。先進国で労協法がないのは日本くらいです。法律はなくても他の法人格を使って実態としての労働者協同組合は日本にも存在しますが、サービス業がほとんどです。製造業、建設業、運輸業などでは労働者協同組合はできていません。欧州には製造業などで株式会社に負けない欧州一の労働者協同組合がいくつもあります。法制化は再び来年まで待たねばならないのでしょうか。希望を失うことなくこれまでの運動についての経緯や労協の勉強を重ねていきましょう。

2001年9月に、当時の労働者協同組合連合会理事長・菅野正純さんが呼びかけ人となり、関西での法制化運動組織「関西市民会議」を設立しようとの運動が始まりました。その年の暮れ12月にその設立総会が開催され、私 津田がその代表者に選ばれ、労協センター事業団関西本部が事務局に決まりました。それ以来毎年幹事会(約20人ほど)を何度も開催してこの法案の実現に汗を流してきました。民主党政権時代の2010年に一度法労協法案が成立しかかったことがあります。私は労働者協同組合最先端の国イタリアにいましたが、あと一週間で労働者協同組合法案が国会を通過するという情報が日本から届いていたにもかかわらず、待てど暮らせど法案成立情報は入ってきませんでした。原因は労働組合が最低賃金などについての誤解から、突然法案に反対し始めたからです。その後労働組合の誤解は解けましたが、その時からはや10年近くが経ちます。関西市民会議も頓挫して後は開店休業で休眠状態となっていましたが、ようやくこの数年見通しが明るくなってはきていました。

労働者協同組合はワーカーズ・コープともいいます。日本にはワーカーズ・コレクティブと呼ばれる労働者協同組合ナショナルセンターがもう一つありますが、ここでお話しするのはワーカーズ・コープの方です。

ワーカーズ・コープがどのような事業や活動をしているかについてまずお話しします。私が務めていた桃山学院大学で昨年度秋学期(2018年9~19年1月)の授業で、労協が「ワーカーズコープ」の寄付講座を設置して、毎週講師が入れ替わって各地の事業や活動を紹介する15回の講義を行いました。労協が全国の9大学で行っている寄付講座の一環です。私の原稿がありますので以下でご紹介します。

津田直則「桃山学院大学でのワーカーズコープ寄付講座」『協同の発見』316号(2019年3月).

2019年春になり労働者協同組合法の制定が近づいていた頃、その法案の内容についての議論が広がっていました。例えば労協連合会が発行する次の『日本労協新聞』4月8日の号外です。

日本労協新聞「労働者協同組合法を今国会で」2019年4月8日号外.

その他、私が2018年1月に堺市のニュータウン学会(市民による町づくり学会)主催の「泉北コミュニティ大学」で話した新たな労協法についての話も上の流れの一部です。

津田直則「新たな労協法と世界の流れ」(パワーポイント)2018年1月20日.


協同組合も株式会社も企業の一種です。双方はどう違うのでしょうか。ここで改めてこの根本問題について5つの点から考えてみましょう。

①営利企業と非営利組織
株式会社は営利企業であり利潤の追求が目的です。これに対し協同組合は非営利組織として知られています。非営利とは利潤の追求は目的ではなく手段であり、目的は参加、民主主義、公正、連帯などの理念・価値の実現です。例えば公正とは、新入組合員の初任給と経営トップの報酬の格差が公正という基準を満たさなければなりません。

②私的所有と共同所有
株式会社は株式を発行しその株主によって所有されている私的所有企業です。一方、協同組合は生協なら消費者、農協なら農民、漁業協同組合なら漁民というステークホルダーの組合員によって所有されている共同所有企業です。しかし協同組合の共同所有は中身は出資金という個人所有であり売買できないという制約がついているために、分有という共同所有であるといわれています。

③1株1票と1人1票
株式会社の経営方針その他の重要事項は、株主総会において多数決で決定されますが、その場合の多数決とは株式総数の過半数のことをいいます。これに対して協同組合では、組合員総会での多数決で決定されるのは同じですが、その場合の多数決とは一人一票での多数決です。どちらも民主主義に基づいていますが、株式会社では株式民主主義であり協同組合では人間の民主主義です。

④株主への利益分配と組合員への利益分配
株式会社では総会での決議に基づき株主に利益が分配されます。役員への法外な報酬であっても決定権を持つ者が決める権利をもちます。これに対し協同組合では人間の民主主義が基礎にあり、公正という価値の重視からくる報酬制限が原則としてあります。総会においては1人1票の多数決でこれが決定されます。金銭よりも人間が重視されているのです。組合員への利益分配は、組合員の購買に応じて利益を金銭で還元する方法と、商品価格の割引による還元の方法とがあります。

⑤競争と協力・連帯、共益と公益
株式会社は資本主義を前提にしており、競争社会を基礎にした経済システムの中で利潤の追求をめざしています。これに対して協同組合の源流は、18世紀欧州において生活に困窮した市民を支援する非営利組織として生まれ、競争ではなく協力・連帯し合う原則や価値観を基礎にして生まれ発展してきました。競争社会では株式会社には単独では勝てないので協力・連帯し合うという点もあります。

また株式会社では株主の利益を優先することから「私益重視」が基本にありますが、協同組合では組合員の利益を優先することから「共益重視」が特徴としてあります。また近年NPOと同様に、公益を重視する協同組合も現れています。イタリアで1991年に生まれた社会的協同組合がそれであり欧州全域に広がりました。協同組合が弱い国では社会的企業その他の法人格でも広がっています。共通の特徴は、障碍者などの生活困窮者をサービスや雇用の面で支援していることです。

それでは上の協同組合と株式会社の相違はどのような長所と欠点を持つのでしょうか。以下では6つの点から述べてみます。

① 株式の発行ができるかできないか
株式会社は株式の発行ができるが協同組合はできません。そのために協同組合は出資金に頼るか債券や銀行借り入れに頼るしかありません。これは歴史上で協同組合の資金調達が不利になってきたことと符合しています。そのために協同組合は独自の金融機関を作る必要があります。

② 個人所有か共同所有か
株式会社は個人所有を基礎にしており個人の利益を最大限に重んじます。これに対し、協同組合では組織のステークホルダーの「分有」という共同所有になっています。協同組合のほうが組織の連帯を強めるには有利でしょう。個人所有の有利性は発展への動機を強める可能性が考えられますが、自由主義の下では格差社会の拡大につながる可能性がでてきます。とはいえ極端な共同所有は、英国での共同所有運動のように発展への制約になりがちです。世界でのさまざまな所有制度を比べると、最適な所有制度とは、私的所有と共同所有との混合型をうまく発明することではないかと私は考えています。これに成功したのがスペイン・モンドラゴン協同組合で、私的所有と共同所有の中間にあります。難しい問題ですが、関心のある方は、拙著『社会変革の協同組合と連帯システム』(2012年 晃洋書房)第1章をご参照ください。

③ 1株1票か1人1票か
株式会社の1株1票制度では1人で会社を支配することも可能です。一方、1人1票の協同組合では人間を重視する民主主義が支配しています。金を重視するか人間を重視するかが長所短所の分かれ目になります。協同組合は経済民主主義を実現するには適しています。

④ 利益分配が自由か制限するか
上でみたように、株式会社はもの・かねを重視する世界でありこれが豊かな社会を築いてきました。また利益分配が自由であり資本主義の基礎になってきました。これに対し協同組合の世界は参加・民主主義、公正、連帯などの理念・価値を重視します。公正を重視しているために利益分配は自由ではありません。資本主義社会の悪い面が広がっている格差社会では、協同組合の価値観が広がるのは当然でしょう。

⑤ 競争か連帯か
資本主義の制度的仕組みの中心をなすのは「競争システム」です。競争システムの中で最も適した企業形態は株式会社だと主張する学者もいます。しかし資本主義のマイナス面を是正するのは「協力・連帯」に基づいた非営利セクターや社会的経済や協同組合だと主張する人たちが増えてきています。

⑥ 私益か共益か公益か
個人の私益を追求すると格差社会の諸問題が社会問題として拡大していきます。それを修正するのが共益や公益を重視する協同組合社会の役割です。社会的連帯経済の世界は理念・価値の視点でこれからの社会のニーズに合致した文明であり経済体制になっていくと思われます。

協同組合の専門家なら多くの人が知っていますが、世界にはかつて労働者協同組合を中心として一国の経済体制を築いた例があります。第二次大戦後に共産圏の中に生まれたユーゴスラヴィア社会主義連邦共和国という国です。この国はナチスから国を解放した英雄チトー大統領が主導していましたが、ソ連のスターリンと対立し共産圏の国際組織コミンフォルムから追放されたたために、独自の道を開拓して生まれたのが、労働者自主管理を基礎に形成した経済体制です。世界で唯一の労働者自主管理を基礎にした社会主義経済体制でした。分かりやすく言えば、株式会社を労働者協同組合に転換して形成した経済体制といえるでしょう。最終的には共産圏の崩壊とともにこの国の経済体制も崩壊しますが、世界中の協同組合研究者や運動家が関心をもって見守っていました。私も1980年12月から6か月間この国の首都ベオグラードに滞在し調査していました。その成果は拙著『社会変革の協同組合と連帯システム』晃洋書房(2012年)第6章に含まれています。ここでこの第6章を掲載しておきます。ユーゴスラヴィア労働者自主管理は失敗しましたが、その後のモンドラゴン協同組合やイタリア協同組合などの労働者協同組合の発展に大きく貢献しました。従ってユーゴスラヴィア労働者自主管理の経験の歴史的意義は大変大きいのです。

津田直則「ユーゴスラヴィア労働者自主管理ー市場社会主義の経済体制ー」